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生と死の日。目の前にみる魂の自立。 

皐月十一夜。
冥王星と地球の結びの日にふさわしく、生死に触れさせられる日だった。

仕事では、会えば死を思わせる状態を持つ人との時間。そこに共にいさせてもらうということは、生きることの覚悟と気づきの機会をもらう。震災では集団的に死を現実にみたから、私がそうだったように多くの人がコマーシャルから流れる空想を生きることがストップした。腹が据わったと思う。今東北に行くと感じる進化の起点だったと思う。

それから、京都には福島は飯館村の酪農家長谷川さんがいらしていた。昨年の講演会のことを思い出した。飯館村は私のルーツのふるさとだと思っている。原発事故による、彼らのあまりに大きな痛みの声をきいた西の人たちは、その痛みの原点が愛であることにはっきりと氣が付かされる。愛は人間を超え、牛や自然までも包む愛。 今日も会場中が涙に溢れたという。そして、腰の据わった彼の存在を鏡に、甘かったことを省み、自らのすべきことや絶対に原発を稼動させてはいけないことがみえる。

痛みを負った福島の人たちは、女も男も今の日本の中で一番はやく自立へと進化している。誰かや何かや政府への期待や依存はしてないひとが増えた。魂の自立とはこういうものかと魅せられる。魂の声が飛び出す、響き渡る。

私たちが痛みを感じる存在であるということは、とてもありがたいこととしか思えない(エゴを越えた点では)。教えてくれるもの・・・自然の法則から離れたこと、未来のためにすべきこと、覚悟すべきことを。痛みからくる覚悟と愛は揺らがなくなる。
 
夜は、4人の医師が物語る上映「内部被爆を生き抜く」をみてきた。その後、守田さんの話も聴けた。
放射線について知り、身近になることは、いろんな世界の理解を深めてくれる。
放射という万物に与えるものは、私たちは垣根のない存在ということに気づかせてもくれる。

ぜひ、多くの人に生の東北の声をきいてほしい。恐れずに。私も友人たちも話したい。
それが今、西にいる役割。東西や国を越えて、より調和へと進むために。
東北は何度も何度も痛みを経験してきた歴史がある。自然も厳しい。そしてまた震災・・・
だから強いのかもしれない。

今日、守田さんが最後に言ってくれたことをシェアさせてもらおう、
「東北の痛みに寄り添うことを忘れてはいけない・・・
話を聴いて、共に涙を流し、絶対に原発再開してはいけないと覚悟させられる・・・
私たちは東北の人に助けられ、大きな意味で日本と世界の放射線のない平和な世界へと向かう・・・」

7月1日、東北の人たちの祈りを背負って、再稼動させないことをあきらめないために、私も大飯に向かいます。朝4時半出発。会えるといいね!

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