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ケアの本質とマザーの心。 

いつも目前にみている田んぼ、水が入り、蛙が鳴き始め、いよいよ田植えが始まりそうです。

さて、昨日はマザーテレサ写真展で縁のあった方達(3人はナースあとはヨギなどの現実を強くかろやかに真剣にいきる自由人たち)と夜の時間を過ごしました。震災後、石巻や気仙沼でサポートをしてきたナースたちで、今度石巻で写真展を開催する上で「死を待つ人の家」などの写真は展示してよいものか等悩まれており、私の感想や震災体験も聞きたいとのこと。意見というよりは、私が経験した現実と感情、直接聞く声、関西と東北にあるエネルギーの傾向などをお話させていただきました。生まれた土地とのつながりや営み、土地のスピリチュアリティーの傾向なども、感じていることを伝えました。聴く方には、これが結構新鮮な衝撃だったようです。東北の精神性を伝えられてよかったです。

支援してきた方からは、看護の本質、支援した地域や避難所の話やそこにいたご自身の感情のことなどを聞かせてもらいました。

震災では、社会システムの中でが隠れていたものが震災で浮き彫りになって、東北だけのことではなく地球の中の日本として見直すべき課題が浮き彫りになった側面もあります。。。マザーが生前言われたように「今の日本は心の関係性の貧困がある」といわれたことも、そのひとつ。また、欲の心がもっともっとの状態や、被害者をつくりだす。。一人一人が自立へと向かうように、看護者として、気づきと自立への変容の力を引き出すのに苦労されたようです。

違う経験が、話すことで自分を離れて、聴く人に届いてひとつになって、聴いた人がそれぞれの本分をもってかえってゆくのでした。
もっとも弱い人ちに心を向け手当てをする  マザーのような精神を持つ人に、私も震災後たくさん助けられました。
何のために生まれて、何をして喜ぶのか。どんな人としてどんな人に看護をしたいのかの原点を思い出します。あしたもがんばろう。

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