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夜明けの晩に。 

5月21日卯月の新月。水星と土星の開き。金環日食。
日食の時間のはじまる前に、比叡山と太陽のある方向に向かって自転車を走らせ、職場に向かった。日食の時間は、ゆっくりと過ごしたいと思ったので、いつもの掃除をして、それから好きなことをして過ごそうと思った。明かりの入らないところを選んで、瞑想をしながら。意識を向けたところの身体を少しづつ調整しながら。
日食は、視覚では見ずに、その瞬間を目を閉じて味わうといった感じ。

職場ですので、途中「~さん、もう来てるの?」と聞こえてきて、ちょっと動揺。人にとって気にかかるような事をするのは反省。もっと全体に配慮するように振り返りました~。

目を閉じてみると、ダイナミックな星の直列とひとつになった感じでした。

太陽、月、地球と私とそれを見ている私?それぞれ公転・自転し、美しくダイナミックにハーモニックにその軸が重なり合う会合のビジョン。
ダンスのようで、重なり合いのようで、じわじわと感動していました。
宇宙の一部であり、そのもの。それとの調和・交流以上に何かすることがあろうかと思うくらい(笑)、とても心地よかった。

夜明けの晩・・・なのだろうか。今日はカゴメカゴメの歌詞が浮かんできて、さわさわと身体が反応します。

何かの終わりは何かの始まり。
仕事は午前中はエネルギーが抜けていたけど、職場にある患者さんに提供している磁場調整されたところで休んだら、午後は練習中のことも昨日まで以上によい調子でした。

また、太陽系のビジョンと共に、父母のことを思った一日でもありました。

父は真面目な公務員。
何かをあまり言葉にする人ではありません。聞く人でもありません。理解されにくいから、生き方は下手なのかもしれない。苦も言わず仕事に通う姿をみてきたが、その話だってあまり聞いたことはない。震災後も石巻まで通い続け、遺体の安置などを含め仕事をしてきたことは直接はきいていないが、言葉の端からその環境にいたことは感じられる。小さい頃は理解できず、恐かったりもした。
今その姿を見てみると、60近くになるわりに背筋はしゃんとし姿勢がいい。健康のためにと母に頼むお弁当はよく噛めるもの。寄り道や買い食いはしてそうもない。休みの日も、町内を歩きごみ拾いをし、家で腕立て伏せをしている。お金もかからず、自立できることである、自立の上で役に立っている。裕福ではない環境(自然は厳しく美しい)で生きたからこそなのか。また、借りたもの以上に返す人である。恩が大事だということは聞かされてきた。私は人生のうち10年以上は実家を離れているのだけど、そういうことをやったとも評価されたとも言わず、やり続けてきたのだろう。そして、かわいらしい、しゃれも言ったりもする。
有言実行もかっこいいけど、実行が伴わない人が多い世の中、無言実行も希少人種でかっこいいのかもしれない。そういう人に育てられたことを、今はとても感謝している。とても尊敬している。

母は、未だはるか想像に及ばない。かつては弱い人だと思っていたし、折れてしまうのではないかと思っていた。でもそれは表面的なことだったみたいで、女性のしなやかな底力ってってすごいということを今感じさせてくれる。私が言うのも変なのだけど、わからないけれど、色々経験してきれいになってゆく。もともときれいな人なんだろうな。

そんな、ふたりの星のもとに生まれてこれたことに感謝。父母も今の私とそんなに変わらない年だから完璧ではなかっただろうけど、愛をもって育ててくれたことに感謝。
今日はそんな感謝と始まりの日でもありました。
卯月の新月に。生きとし生けるものが幸せでありますように。



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